2011年12月20日火曜日

Sunset View

Sunset view at the parking lot of Santa Fe Outlet Mall(Santa Fe,NM) after Christmas Shopping on Sunday evening of December 18th 2011.
このアウトレットはとてもすいているのですが、流石にクリスマス直前の週末。駐車場もかなりの車で埋まっていました。南西の空を見ると、真っ黒な雲の下わずかな空が沈んだ日の光を受けて色を染めていました。

2011年12月3日土曜日

Newspaper Rock



ユタ州モアブの南約1時間の所にある。Newspaper Rockです。かなり大きな1枚岩(3m(高)x6m(幅))に沢山のPetroglyph(岩彫り)が見られます。
メインのハイウエイから舗装されたわき道を Canyonlands National Park のNeedlesへすすむこと約10マイルちょっと。駐車場もあり、そのすぐそばで、ほとんど歩くことも無く見学できます。
 これほど沢山の絵が1枚の岩に刻まれているのは今まで見たことがありません。
それぞれに刻み込んだ人の思いがあるのでしょうが・・。六本指や4本指の足跡や・・。

 1部拡大したものです。上部の2人は明らかに人なんでしょうか?頭から角のようなものが出てきています。それとも宇宙人(笑)??

 インディアンの祖先が身体に祭りの衣装をつけているのでしょうか。刀を手に持っているようです。左下は子供?絵を見ると色んな想像が出来ます。

紀元前からAD1200年前までに描かれているようですが、はっきりした時代の特定ならびに目的は今でも定説は無く、不明のようです。見た人が、自分の思うような話を作り上げることが出来ます。
Three Rivers Petroglyph Site

2011年11月28日月曜日

Arches N.P.

Moabの滞在第2段はアーチーズ・国立公園。モアブのまちから公園入り口までは5分もかからないほどの近さ。それでも、サウスウェストの国立公園。公園内は車で走っても小一時間ほどかかる広さ。さらに、沢山の素晴らしい光景が次々の眼前に現れてくるトレールの数々。まさに、ハイキングの好きな方には気軽に来て楽しめるお勧めの場所です。ちなみに、日本からの最寄のアクセスはユタ州ソルトレーク・シティになります。


まずは一葉め、サウスウエストではあまり見かけないアーチ越しの雪山の光景です。コロラド州境にちかく、標高3000を超える山となると・・こんな光景が目にはいるのであります。
ちなみにコロラド州のメサ・ヴェルディ国立公園のすぐ北東方向はサン・ホワン国有林の中でも4000m越える山々が連なり、以前も紹介しましたが夏でも雪が見れます。冬はスキー、ボードの好きな方にはパウダーが待っています。実際、今回もMoabからの帰り道、モアブの街から1時間ほど走ったユタ州とコロラド州の州境では雪になってしまいました。

この国立公園で一番訪問者が多く、有名なアーチはデリケートアーチでしょう。この一葉は、デリケート・アーチの見える直前のアーチの下からアーチ越しに撮ったものです。わずかな登りがありますが、すぐ手前ですから・・そしてそこからデリケートーアーチが一望できます。お勧めのポイントです。この写真にも大きく拡大してみると人が写っているのが分かると思います。

これは・・デリケートアーチの見物場所に到着し、その一番奥から撮ったもので・・アーチに冬の陽が当たり順光の写真になります。人の大きさと比べてその大きさが想像できると思います。2葉目の撮影場所は丁度・アーチを挟んでおくの壁の辺りからになります。このアーチの右側は谷になってその向こうには又同じようなメサが。そしってずっと彼方に雪をかぶった山があります。
アーチの真下からのぞいてみました。空を2分割して・・・16㎜でもぜんぜんファインダー内に収まってくれません。
この朝曇っていたのでゆっくりとしてホテルを出たのは9AM。それでも沢山のアーチの見れるトレールを陽が沈む5:30PM近くまで重たいカメラを2台下げて歩いていました。とても満足な一日でした。もし、ここへ行く人がありましたら、充分な水、それに食料を公園に入る前に手配しておくことをお勧めします。

Photo Album

2011年11月23日水曜日

Island in the sky


先週末ユタ州モアブのまちに3泊し、キャニョンランズ国立公園とアーチーズ国立公園内を散歩してきました。
思い立ったのが朝起きてからだったので、それから旅支度、ホテルの予約等で時間が掛かり家を出たのは結局11時ちょっと前。近いとは言え、片道600kmあまりの普通道路、6時間半あまりの運転。途中、日が暮れる寸前にNewaspaper Rock(Petroglyph) を見学しMoabに着いた時には既に真っ暗・・。冬の1日は短い。

翌朝、以前から決めていたキャニョンランズ内のMesa Archで日の出を見たく5時過ぎに起きる。1時間あまり走り、無事日の出前の7AMくらいに到着。思ったより暖かく、Mesaの前にも3脚を据えているのは一人だけ。LUCKY。雄大な光景をほぼ独り占め・・・。ため息も出ないほどの素晴らしい光景が刻々と変わって行く。雲が多いが・・かえって良い。
キャニョンの真ん中フロアー(ほぼ3段階になっている)も朝日を少しずつ受け始めだんだんと明るくなっていく。
この後Island in the skyにある、いろんなトレールを歩き回る。年甲斐も無く、岩の上を飛び回っていたせいか,午後過ぎには右ひざに痛みが・・。それでもはハイキング用の杖でかばいながら歩き回る。朝早かったので、この日は未だ明るい4時過ぎくらいにホテルに戻りゆっくりと熱いお風呂に浸かり膝の面倒を見る。
さて、此処へ始めて来たのは訪米して初めて4WDを買った20数年前。その時は・・この曲がりくねっているShafer Trailをこわごわ下から昇ってきたものでした。今回は上から下へ・・。スキーと一緒で・・上から見ながらの運転は見晴らしは良いものの・・冷や冷や物です。
キャニョンを上から下までこうやって車で降りていけるところは、そんなに無い様に思える。キャニヨンの底から見る光景は、見下ろすものとはまた一味ちがう。

私は4WDロードのそろったCanyonlandsがとても好きだ。夏のあいだは、それでも混んでいて、泊り込んで4WDトレールを廻るには公園の発行した許可証が必要となる。陽射しは強く温度も100度F以上になり、雷雨も多いので道路状態が刻々と変わるので要注意。もちろん・・水食料は充分に持っていく必要がある。

かなり降りてきて、緩やかに流れるコロラド川が眼下に見え始めえます。これからMoabの街までまだ30kmはあります。
途中大きな岩を車のおなかでうって、翌日ホテルの駐車場で車の下に新しいオイル漏れを発見。潜ってみると、トランスミッションのオイルパンに大きな凹みを発見。その近くのシールからわずかながらオイルが漏れているのを発見する。量が少ないので一応注ぎ足し様のオイルと漏斗をMoabの街で手に入れる。
50マイル80kmのラフロードの途中でオイルパンにひびでもいれていたらと・・ぞっとする。もう少し・・車のおなかまわりのガードの補強をしなければと思う。

2011年9月27日火曜日

フェアーの麗人

サンタ・フェ-ルネッサンス・フェアーをおとづれるのも今年で3回目。初回をミスしたのみ。この女性は今年で3度目、来るたびに会っています。サンタフェにある中東ベリーダンサーのPomegranet Studioというカンパニーの一員。いつも、ニコニコ顔をしています。
コスチューム・コンテストで入賞した母娘。どういうわけか・・写真機のピントは若い女性に・・・(爆)。優しい表情がとてもいいとは思いませんか?
そして・・やはり・・はずせないのがこの女性、Ms. Serendipity。3年前から追っかけています。去年まではふくよかでルノワールの絵の中のような豊かな表情だったのですが・・今年は、すっかりやせてしまって、見ちがえるほど。ふっくらぎみの麗人が好きな私にとって・・それでも不思議な魅力を感じます。以前のアルバムにも登場していますので時間がある人はどうぞのぞいてみてください。
あはははっ・・・タイトルに『麗人』とかいて・・・最後にこの1葉はやはりまずいかなぁ(爆!)。
馬ではありません、Ms.Donkeyということで~~。見ての通り、とても優しい顔をしていました。

Santa Fe Renaissance Fair Photo Album

2011年9月26日月曜日

フラメンコ・ダンサー

今年もサンタ・フェで開かれたRenaissance Fairへ行ってきました。まずは、お昼を食べながら日よけテントの中でフラメンコを観察。真ん中の一番前で撮っていたので、後で写真見せてくれと・・頼まれてしまいました。

ステージの振動が伝わる場所で情熱的な表情で・・沢山の笑顔を見せていただけました。個性的な女性ばかりで・・踊っていない時の表情さえも魅了されるばかりです。

最後に皆そろって1枚。後で気付いたのですが、サンタフェのコミニティーカレジの先生とそのお弟子さんたちみたいだった様です。






とても綺麗なお姉さんでした・・・。沢山撮ってしまいました。ショウは・・ほんの20分くらいの短いもので1回だけの公演でしたが・・なかなか盛り上がっていました。 前後3列で踊っていたので、どうして最前列のダンサーばかりがカメラにおさまってしまいます(^^;;)。







やはり・・師匠の踊りは凄いです。舞踊では当然のことなのかもしれませんが、指先から足の先まで洗練されたうごき、その迫力に引き込まれてゆきます。













2011年9月12日月曜日

仲秋のおぼろ十四夜?

日曜日の夕方天気がよく,暑くもなさそうだったから、良太と薫を誘ってサッカー練習へ。


雨も降らず、雷もない夕方は久しぶり。これで・・・やっと夕立シーズンは終わり、秋に突入て言うわけか。日の出前の最低温度は既に12-3度まで下がり、寝室の窓を開けて寝ていると寒く感じる。
そういえば・・Sangre de Cristoの山々の頂は・・数日前に白く冠雪した。初雪である。このまま、秋を越えて・・・山里は冬に直入なのか。写真の左端の夕陽でわずかに赤く染まっている山がTruchas Peak、標高3993m、ニューメキシコで2番目に高い山です。

サッカーの練習を終えて、フリスビーで遊んでいると・・・東の空から大きな満月ぽい月が。月齢だと・・明日、9月12日が仲秋の名月のはずなのだけれど・・。アメリカでは今日なのか?
横向きになってしまったが・・月は既にかなり高くなっている・・。どういうわけなのか・・新しく手に入れた7Dの描写が今ひとつなのである。多分、この絵を撮るのに使ったレンズが良くないことは分かっているのだけど・・同見ても、それ以上に悪い!

月は、東のサンタフェスキ場の真上を昇って行く。じっと見ていると・・月の動きは早い。見る見るうちに高い空の中に・・。明日仕事が速く終わり、覚えていたら・・いつも使っているNikonのカメラにレンズをつけて撮りに行ってみよう。 最近は、忘れることが多くて・・・(笑)。きっと明日思い出す頃には月は高く上っているに違いない。

2011年9月9日金曜日

Sayaが列車に乗って帰ってくる・・

数年前、サンタフェの街から、アルバカーキーの町まで通勤用の列車Rail Runnerが開通した。普段は、使う事はないのだけれど先週のレーバー・デイの週末の土曜の朝、Sayaがその列車に乗って帰ってきた。何時もだったら同じ街に帰る友達の車に乗せてもらって帰ってくるのだが・・今回は友達にアルバ・カーキの駅まで送ってもらってそこから1時間半あまりの汽車での帰宅。

サンタフェの方は・・オールドタウンの町の真ん中まで通じているのだが・・ABQは・・、便利の悪いAmtrackの駅からだ。絶対にABQ空港発にすべきだったと今でも思う。空港から駅までバスはあるが・・・。

線路は単線、ディーゼル列車だけれども客車は二階建てのちょっと洒落た列車だ。
ほぼ時刻どうり、サンタフェの最終駅のひとつまで待ち合わせて一番前の方から駅ノーホームを歩いてくる。学生割引で・・片道$3。後で調べたら1日乗り放題の切符もたぶん$3だったような。
学生の頃は、休みになるたびに当時の国鉄の周遊券を使ってよく旅行したものだ。無記名だったから、北海道に長く旅行する時など・・切れそうな周遊券を泊まったユースで出来た友達に交換してもらったこともあったような・・・(笑)。

こちらへ来て、列車で旅行したことは未だない。
いつか・・今も走っているAmtrackでABQの街からLAの街まで行ってみたい。安い時には、片道$60位で買えるようだ。もう・・・列車の椅子で眠るのは・辛すぎるかもしれない・・。

2011年9月7日水曜日

近所のトレールを歩く。

巷は3連休、私は休暇を1日とって4日間休みにした。Labor Day(Sept.5th)の月曜日、結局何もしなかった連休最後の日の夕方にRio Grandeの谷沿いのハイキング・トレールをカメラを首からぶら下げ、のらりくらりと歩いてみる。

西の空から頭の上まで雨雲が覆い始めたが、それから先の東の半球は僅かに雲はあるものの何時もの大きな青空。これを見ると、もう都会には戻れないなぁ~とつくづく思う。

真ん中を流れるのは、全米で2番目に長いRio Grande。コロラド山中に源を発し、ニュー・メキシコの真ん中を南北につっ切り、テキサスとメキシコの国境線となり最後はメキシコ湾にその水を落とす。ここらだと、水の少ない時期は・・場所さえ選べば簡単に反対側まで歩いていける水量。

谷の底まで深さは約300m。ミニ・グランド・キャニョンの様相だ。

川岸まで降りる『ブルー・ドット・トレール』がある。今回は、時間も遅いし・・天気もどうなるか?そして一人だし・・、キャニョンを見下ろしながら崖のそばのトレールを散歩。

いたるところに、サボテンがある。種類は少ないが・・数はある。5月あたりにすべてのサボテンは鮮やかな色の花を咲かせるが、この時期はサボテンの花は見ない。
この4連休、天気さえよければ近場でもいいから星空撮影をかねたキャンプに行くつもりであったが・・。一つには、相棒の薫君がお腹を冷やしたせいか鼻声にり・・そして、毎日夕方に決まったように来る夕立が何時もより長く続き、足が重たくなって、結局出ずじまい。今週も3連休なのだけれど・・今週末から8週間、薫君のサッカー・シーズンが始まる。土曜日のお昼、住んでいる町から往復320kmあまりのロードとリップのスケジュールがぎっしり。

1歩踏み外してしまえば100mその下は何も無い岩の上に小さな穴が。その穴に前日に降った雨水が未だ残って空を写す。 その岩ノ下にぼやけて写っているのが谷底へ続くBlue Dot Trail。

谷の向こう側は・・・標高3500mを越える、サンタフェの山々。ついこの前まで見れた力強く点に突き刺すようにのぼる入道雲の季節はもう終わってしまったようだ。 

正面V字谷の右側がサンタ・フェ・スキー場。望遠で撮るとスロープがはっきりと見える。サンタフェの古い街並みは・・写真よりちょっとだけ右方になる。

カメラを構えている場所がすでに2000mあるので3500mの山々は思ったほど高くは見えない。写真下部の弧を書く様な黒い帯は、谷の向こう側の崖面。雲の陰で覆われているの真っ黒になってしまった。


西の方の空は真っ暗で、雲の様子がとても良い。
雲の切れ目から天子の階段が地上へ降りてきている。ゆっくりと車を止めた方角へと戻っていく。

2011年9月6日火曜日

Camping @ The Same Place

私の一番好きなキャンプ場のひとつに、コロラド州中南部の街パゴサ・スプリングからSan Juan National Forestの未舗装の林道を走ること40分あまり、Williams Creak のキャンプ場があります。キャンプ場は、この写真に写っている貯水池のすぐそば、上流、そしてそこから流れ出るWilliams Creak沿いにいくつも点在しています。

最初に来たのはこちらへ来た翌年の1987年の夏。今は亡き職場の友人に紹介され、その春からTX州のライス大学に留学に来ていた後輩と奥様との3人でアメリカの最初のキャンプでした。

それ以来、子供が出来てからも幾度ともなくきて、渓沿いでFFしたり・・思い出の沢山ある場所です。ただ、日本からのアクセスは残念ながらかなり不便なところです。ここ最近、娘のSayaを同じ場所で三葉を上げます。

2007年6月22日、Sayaは未だ高校生14歳の夏。末の薫君と奥様は夏の帰国中、Saya、Ryotaと私の3人で来ました。Sayaはサッカーで足を痛めて・・長歩きは出来ませんでした。
2010年6月5日Saya17歳。この年の秋から大学1年生。高校の卒業式の翌週に私と二人できました。このときは・・山の奥深くまでハイキングに行きました。この夏、2011年7月15日Saya大学1年目を終わった18歳。 Saya,Ryotaそして、私の3人で。Ryotaがお酒を飲める年(21歳)になったので、ビールやシャンパンを沢山調達して行きました。Sayaが飲めるようになるには・・もうしばらく時間がかりそうです(笑)。

子供達もこのキャンプ場で・・のんびりと時間を過ごすのが大好きです。



2011年9月3日土曜日

Pagosa Spring Camping

8月26日金曜日、学校から帰ってくるかおる君を待ち伏せて4PM過ぎに家を出、進路を北にとる。チャマのまちを過ぎ、コロラド州との州境に近いところで・・雲行きが変わり真っ暗の空に。土砂降りの天気になる、時おり雷も光って入るが・・夕立みたいに簡単に去ってくれそうな気配ではない。
薫君に雨がひどいのでホテルの泊まろうかと提案したのですが・・簡単に一蹴され、車中泊を逆提案されました。

Westforkのキャンプ場に着いた時は7時過ぎ、山に囲まれた谷の底はかなり暗くなってきていた。小雨になるのを見計らい、どうにか食事を取れる様に雨よけのタープを張り、手際よくインスタント・ラーメンを作る。雨が降る中・・暖かいスープのある食事は身体を温めてくれる。
この日は・・テントを張るのを諦め、狭い車中泊と決める。

よく土曜日の朝、日が差し込み始め昨夜の雨で濡れたあたり一面を既に乾かし始め、勢いよく水蒸気が立っている。 実は今回はPagosa Springの中を流れる、San Juan川で浮き輪をしてのラフティングが主目的。絶対にかおる君は喜んでくれると思っていました。ところが・・San Juan川は前日の豪雨で・・泥水状態!いつもだったら綺麗な水が流れているはずなのに・・・。川の周りを散歩しながら待つこと・・2時間あまり。丁度お昼過ぎたあたりから若い青年達が少しずつDriftはじめて・・・ためらい気味だった薫君も待ちきれずに挑戦!
激流にひっくり返させながらも・・楽しんで何度も何度も渓流を下っていました。水が綺麗だったらもっと気持ちが良かった思います。


2泊のキャンプは、真ん中の日が1日使えるのでゆっくりと楽しめます。


だんだんと夕立雲が近づきはじめたので3時過ぎには川でのDriftを止め、キャンプ場に戻る。そして・・夕立が通り過ぎて雨が止むのを待って・・テント張り、そして火をつけて料理の準備。



今夜の献立はジャガイモとチキン胸肉のホイル焼き。


洗ったジャガイモをアルミ・フォイルでつつみ、直接火が当たらないように・・焚き火のそばに置く。アルミホイルにまずベーコンをひき、その上に玉ねぎのスライスそしてチキンの塩コショウした胸肉。そしてさらに玉ねぎにベーコンを乗せてフォイルを閉じる。ゆっくりと・・赤く光る炭火の上で・・。

フォイルを開けて食べ始めるが、チキンにベーコンの香りがついて美味しいのだけれども、蒸したベーコンは残念ながら今ひとつ。ベーコンだけ取り出して、いつものようにカリカリになった方が香りも味も良いので・・火の上で・・さらに暫く調理。そして・・そのカリカリのベーコンを2つにわったジャガ芋の間に挟んで・・・(笑)。もう、何もかける必要がありません!Yum yum~~.

この日は持ってきた3種のビールも美味しく頂きました。キャンプ場のまわりをゆっくりと散歩して、夜は・・・テントの中で・・トランプ。流石に疲れていたかおる君は灯りを消すとあっという間に夢の中に居ました。









2011年8月21日日曜日

Albuquerque Old Town(revisited)

8月19日金曜日、Sayaを新学期の始まる新しいアパートメントに引越しのためにアルバーカーキの街へ。車に乗せたものをひとまず3階の部屋に運び荷解きを終えて・・・昼食のためにオールド・タウンのレストランへ行くことにしました。 プラザにある教会。ワイドアングルで下から見上げてました。強い昼下がりの陽射しがサボテンの葉を照らし出し・・教会はまぶしいくらいの光を帯びています。


この前、ここに来たのは3年前?観光地のお店は変わるのが早いです。でもここのクリスマス・ショップは以前来た時のまま。1回の屋根の上で看板を書いている人がいたのにはきずきませんでしたが、2回には新しいギャラリーが出来たみたいです。




ニューメキシコの古い町では・・反対側から人が来たらすれ違うのも大変そうな狭い路地を歩いて中庭(パティオ)にお店やレストランがあることが多いです。おもてどうりからは見えないですから、あらかじめ地図で調べておくか精力的に歩き回るしかないです。きっと、新しい発見がありますよ。



中庭にでて、この右奥のレストランで食事。お昼時を過ぎ、人気はありませんがレストランの中は結構客がいました。もちろん・・ニュー・メキシコ料理です。写真がないのが残念です。







Las Conchas Wildfire(2011June)の記録

2011年6月26日日曜日午後4時過ぎに自宅の前庭で撮影。Las Conchas山火事が発火してから3時間あまり経過。火元が狭く、それでも凄まじい勢いで煙が上空に昇り・・・太陽の灯りさえも遮断してしまう。 同26日、午後23時過ぎ。強い風にあおられて山際のポンデロッサの松が夜を焦がすように赤々と燃えてている。既にこのときは・・・火事は広範囲に広がって、目に入る全域で燃えている。家までの直線距離10km前後。(300mm望遠で撮影)。





翌日6月26日午前10時。西側全域に広がり、ほぼ全天が煙に覆われる。いつもでしたら、この煙の先に山々が見えるのですが・・。前日からの西から東方向への強風は止まり、我が家の方への火の進行は止まる。  最悪なことには・・風は南から北方向となり、高い松の密生したスキー場の方角へと火は進んでいく(向かって右方向へ)。この日に12,000人が住む街の方に避難命令が出される。私どもの住んでいるところは・・風向きが変わったお陰で、自主的な避難勧告に留まる。

24時間の間に火事は50,000エーカーに広がる。


当然風の方角が再びこちらに変わる事もあるので、私達も何時でも避難できるように貴重品をPackingして、玄関先に置いておく。2000年の山火事の折には民家が250件ほど消失した山火事があり、その時は1週間あまりサンタ・フェのホテルへ避難経験があったので冷静に行動できた。


9日後の 7月5日火曜日、山火事の煙の合間に沈んで行く夕陽。午後20時過ぎに撮影・・。避難命令は解除される。仕事場のほうも明日から開所されることに。未だ煙は至る所から出ている。時折、局地的な火も見える・・・。朝は・・風もなく煙が低く垂れ込んでその煙匂いが鼻に付くことも・・。


結局1月ほど燃え続け、ニューメキシコ州記録上最悪の山火事に。消失面積150,000エーカー。1エーカーが4,000平方mですから・・・600,000,000平方メート、・・・何と600平方km、(~25km四方)のサンタフェ国有林を焼いてしまいました。! 火事はモースーン・シーズンの始まりで無事鎮火しました。

消失した家屋30数件あまり、私の職場の同僚の一人も家を無くしました。

地震も竜巻もハリーケーンも無い、のんびりとした所ですが、10年おきくらいに大きな山火事があります。ただこれだけの森林が燃えてしまい、燃えるものがなくなったので、しばらくは大きな山火事はないような気がします。


深い鬱蒼とした森林が山火事で焼けてしまった傷跡の姿を目にするのは、とても心が痛みます。これから、散歩に出かけはじめると・・その様子を少しずつここでもあるかも知れません。暫くは・・倒木当の危険があるので近くまでは入れそうにないです。





2011年8月17日水曜日

Cumbres & Toltec SL again...

Trujillo Meadow のキャンプグラウンドは何度もここで紹介しているMew Mexico 州ChamaからColorado州Antonitoまでの間の3000mを越える高原を走るCumbres &Toltec 鉄道のすぐそばにあります。
予定では・・もう少し早く起きて・・Chamaの駅を10時に出るところをFilmとVideoに納めたかったのですが・・隣のキャンプサイトの子供二人と仲良くなった薫君が・・楽しく朝から遊んでいたのでのんびりと私一人で撤収作業をしていました。薫君は未だ11歳6年生になったばかりですが・・とても手助けになります。キャンプのテント張りから料理・・後片付け・・。一人だと大変なところ・・11歳の小さな手なしでは何もスムーズには行きません。Believe me!

夏のシーズン最後の日曜日とのこともあって・・・列車は客で満員状態です。3000mの高原へ登りつめ・・平原を快走する汽車に乗り・・何時までも木霊する汽笛は本当に気持ちがすがすがしくなります。

実は新しいカメラCaononの7Dの撮りはじめでうまい具合動画で汽笛も撮れましたがPCが非力なため編集できずにその響きをここで紹介できないのが残念です。近いうちに・・ぜひ・・聞いてもらえるように頑張ります。 動画のスムーズな撮影にはまだま鍛錬が必要ですが・・。

7D写真撮影では望遠側では良いのですが、・・FXの16㎜ の迫力ある広角側の近接撮影と比べるとやはり・・ぜんぜん物足りなさを感じます。機関車の撮影では・・多分前回の様にDXの1台は望遠ズーム、2代目には超広角ズームのFXの2台出望むのが良いような気がします。・・Nikon Canonの2台だと・・操作が著しく異なるのでどうしても咄嗟の設定偏向には無理があります。・・私の場合はNikonでそろえたかったのですが、8月の末の発表まで待てずDXは・・7Dに浮気をしてみた次第です。


もう少しだけ早く起き、キャンプ場を後にできていたら・・きつい上り坂を真っ黒の煙のもうもうとはき上げて白樺林の間をゆっくりと登る487号の勇姿をここで紹介できたのですが・・・・。



蒸気機関車はやはり・・もくもくと真っ黒な煙と真っ白な蒸気を吐きながら・・『なんだ坂・こんな坂・・・』
と気合がはいったところが良いですね・・。

それと・・止まった状態から・・・シュっ・・シュっ・・シュっ・・と動き始めるその瞬間、とてつもないパワーを感じさせてくれます。巨大な究極のマシン!